うたたねシアター

「空気人形」(2009/10/20 テーマ:LEGEND)

「人魚姫」を思い出した。人間に恋をして最後は水の泡になってしまう人魚のお話。是枝監督「空気人形」は、空気人形が人間に恋をするお話なのです。主人公はぺ・ドュナ演じる、男性の性欲処理のためのビニール製の空気人形。ある朝、持ち主が勤めに出ている間に、その人形が心を持ってしまいます。服を着て靴を履き、町に出る空気人形。毎日いろいろ見聞きし、たくさんの気持ちも知ります。ARATA演じるレンタルビデオ店の店員の純一に恋もしちゃう。そんな中、事件が起きます。釘に手をぶつけて、空気が抜けてしまうのです!大変!見つけた純一だって驚きます。驚きつつ、急いで空気を入れてあげるシーンが、これぞラブシーンと思えるほどドキドキします!きっと、誰かの代用品として扱われポンプで入れられる空気と、恋した人が吹き込んでくれる空気が、彼女にとっては、まったく違う空気だったんですね。言葉通り体も心も満たされる感覚を知ったのでしょう。とても印象的です。(そして普通のラブシーンは全く何の感情も起きない!ただの性欲処理シーンなんですねぇ。さすが!)
誰かの吐き出した空気が、自分の中を満たして行く。誰かがくれた空気=気持ちが、自分を満たしていく。誰かと心が通った時(恋愛に限らず)、満たされて生きた心地がするものです。でも、空気は空気。抜けていく。消えていく。気持ちの交わりがないと、死んでしまう。自分も相手に気持ちを空気を返したい。とても自然な美しい気持ちの流れです。
なんだろう、この割り切れない感覚。悲しいのに美しい。切ないのに暖かい。でも、これが私にはとてもリアルに思える。人の気持ちって、こういうものだ。割り切れないものでしょう?映画を見てから何日も経って思い返した時、頭をよぎったのは「きれい」という言葉。空気人形が心を手に入れて、最初に発した言葉だ。もう一度、目の奥がじんわりと熱をもった。とてもいい映画に出会えたと思う。